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大阪地方裁判所 昭和53年(ワ)4113号 判決 1981年8月25日

原告 比嘉成子

右訴訟代理人弁護士 城戸寛

被告 日産金属工業株式会社

右代表者代表清算人 植上広明(以下右被告を「被告大阪日産金属」という)

<ほか三名>

右被告四名訴訟代理人弁護士 酒井武義

被告大阪日産金属及び同滋賀日産金属補助参加人 寺田実

右訴訟代理人弁護士 中北龍太郎

主文

一  被告大阪日産金属、同滋賀日産金属及び同植上広明は、原告に対し、各自、金八〇三万〇二三四円及びこれに対する昭和五三年八月二五日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告の被告植上雅亨に対する請求を棄却する。

三  訴訟費用は、原告に生じた費用の四分の三と被告大阪日産金属、同滋賀日産金属及び同植上広明に生じた費用を同被告らの負担とし、原告に生じたその余の費用と被告植上雅亨に生じた費用を原告の負担とし、補助参加によって生じた費用を補助参加人の負担とする。

四  この判決は、原告勝訴の部分に限り、仮に執行することができる。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告四名は、原告に対し、各自、金八〇三万〇二三四円及び昭和五三年八月二五日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告四名の負担とする。

3  仮執行宣言。

二  請求の趣旨に対する答弁

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

第二当事者の主張

一  請求の原因

1  本件事故の発生

原告は、昭和五一年一二月一〇日午前九時一五分ころ、被告大阪日産金属の肩書所在地にある工場内において、プレス作業に従事していたところ、六〇トンプレス機械(以下「本件プレス機械」という)により、右手の第二ないし第五指切断創、右手掌部及び右栂指挫創の傷害を受けた。

2  被告らの責任

(一)(1) 被告大阪日産金属は、本件事故当時、原告の使用者であり、雇用契約上、労働者が作業に使用する機械器具によって身体に危害を被ることがないよう配慮すべき安全配慮義務を負っていた。

(2) また、同被告は、訴外寺田実を雇用し、本件事故当時、前記工場の監督の仕事に従事させていたもので、使用者として、右寺田実がその職務執行につき第三者に加えた損害を賠償すべき責任を負う。

(二) 被告大阪日産金属と同滋賀日産金属とは、もと一つの会社であったものが互に分離独立したもので、本件事故当時も、主な役員を共通にする同族会社であった。被告大阪日産金属の受注、仕事上の指揮、売掛金の入金はすべて被告滋賀日産を通して行なわれるなど、企業運営面で、被告大阪日産金属は、被告滋賀日産金属の指揮下にあった。このように、右両被告は実質上同一企業であるから、被告滋賀日産金属は、被告大阪日産金属と同じように、右(一)の義務及び責任を負う。

(三)(1) 本件事故当時、被告植上広明は被告大阪日産金属の、被告植上雅亨は被告滋賀日産金属の、それぞれ、代表取締役であった。

(2) 被告植上広明及び同植上雅亨は、ともに、前記寺田実の選任、監督を担当していたもので、代理監督者として、右寺田実がその職務執行につき第三者に加えた損害を賠償すべき責任を負う。

(四)(1) 本件プレス機械には両手押ボタン式安全装置が取付けてあった。正常な状態では両手押ボタンを押すとシリンダーに空気が入り、シリンダーが作動し、クラッチロット(連絡棒)が引下げられ、クラッチレバーを引戻し、クラッチが噛み、押型が降下する。型押が終ると安全装置が働き、空気が抜け、シリンダーがもとの状態に復帰して停り、押型が上昇しもとの位置に停止する。プレス機械はこの一行程で停止し、再度両手押ボタンを押さない限り、押型は降下しない。

(2) ところが、本件事故においては、右安全装置が有効に働かず、一行程を終了し上昇して停止するはずの押型が、引続き降下するという故障を生じ、本件プレス機械は両手ボタンを押さないのに押型が上下運動を繰り返す連続運転の状態になった。そのため、型押した製品を取り出そうとして機械に右手を入れていた原告は、手を引出すいとまがなく、前記傷害を受けたものである。

(3) ところで、本件プレス機械は従前から調子が悪く故障勝ちであった。そこで、工場監督の前記寺田実は、本件プレス機械を十分に点検整備し、故障を防止し、又はその早期発見及び修理をなし、さらに場合によっては本件機械の使用を停止すべき注意義務を負っていた。また、被告大阪日産金属及び同滋賀日産金属は、前記抽象的な安全配慮義務を具体的に実現すべく、その従業員が本件プレス機械を故障のない安全な状態で使用できるように適切な措置をとるべき注意義務を負っていた。本件事故は、右被告らが、いずれも、自己の負担する右の各注意義務を尽さなかった過失により発生したものである。

(五) 右の次第であって、被告大阪日産金属及び同滋賀日産金属は、前記安全配慮義務違反を内容とする債務不履行責任(民法四一五条)として、また、前記寺田実の過失行為に対する使用者責任(民法七一五条一項)として、並びに、被告植上広明及び同植上雅亨は、右寺田実の過失行為に対する代理監督者責任(民法七一五条二項)として、原告に対し、原告が本件事故により被った後記損害を賠償すべき義務がある。

3  原告の損害

(一) 逸失利益

(1) 原告の事故直前の一年間の収入は、金二一一万一三三二円であった。

(2) 原告は、本件事故により前記傷害を受けたが、昭和五二年一一月一〇日、右手四指喪失の後遺障害を残して、症状が固定した。右後遺障害は後遺障害等級第七級に該当するので、その労働能力喪失率は五六パーセントである。したがって、別紙計算表1のとおり、右年間収入のうち、金一一八万二三四五円を失ったことになる。

(3) 原告は、本件事故により、障害年金(厚生年金保険)支給年額金四九万三八〇〇円、障害補償年金(労災保険)支給年額金五〇万八三八五円及び特別支給金(労災保険)支給年額金一一万三一〇〇円の合計年額金一一一万五二八五円の年金の給付を受けることとなった。したがって、右(2)の喪失額から右年金合計額を差引いた金六万七〇六〇円が、前記年間収入のうちの失われた金額となる。

(4) 原告は、前記後遺障害の症状固定の後である昭和五三年一月一日現在満四五歳の女子であって、なお二二年間稼働しうるので、ホフマン式により中間利息を控除して計算すると(右期間に対応する新ホフマン係数は一四・五八〇である)、別紙計算表2のとおり、原告の右後遺障害による逸失利益の現価は、金九七万七七三四円である。

(二) 入院中雑費

原告は、本件事故の負傷により、昭和五一年一二月一〇日から昭和五二年二月二二日まで、七五日間入院した。一日金七〇〇円の入院中の雑費を要したので、その合計額は金五万二五〇〇円である。

(三) 慰藉料

(1) 原告は、本件事故の負傷により、前記のとおり七五日間入院したほか、昭和五二年二月二三日から同年一一月一〇日まで、二六一日間通院した。入通院に対する慰藉料としては金一三〇万円が相当である。

(2) 前記後遺障害に対する慰藉料としては金六〇〇万円が相当である。

(四) 損害相殺

原告は、被告大阪日産金属から見舞金三〇万円を受領した。

(五) 前記(一)ないし(三)の損害額から右(四)の受領額を控除すると、原告の損害は合計金八〇三万〇二三四円となる。

4  よって、原告は、被告四名に対し、民法四一五条、同法七一五条一項又は同条二項に基づき、各自、金八〇三万〇二三四円及びこれに対する訴状送達の後日である昭和五三年八月二五日から支払ずみまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金を支払うべきことを求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1の事実は認める。

2(一)  同2(一)(1)の事実中、本件事故当時被告大阪日産金属が原告の使用者であったことは認め、その余の事実は否認し、その法的主張は争う。

同2(一)(2)の事実中、被告大阪日産金属が訴外寺田実を雇用し、本件事故当時、前記工場の監督の仕事に従事させていたことは認め、その余の事実は否認し、その法的主張は争う。

(二) 同2(二)の事実は否認し、その法的主張は争う。

(三) 同2(三)(1)の事実は認める。

同2(三)(2)の事実は否認し、その法的主張は争う。

(四) 同2(四)(1)(2)の事実は認める。

同2(四)(3)の事実は否認し、その法的主張は争う。

(五) 同2(五)の主張は争う。

3  同3の事実は否認し、その法的主張は争う。

4  同4の主張は争う。

三  抗弁

1  原告は、本件プレス機械が連続運転の状態になったのち、漫然と機械に手を入れたものである。このような場合には、常備のハンドマグネットなどの安全工具を用いるべきであった。それにもかかわらずこれを怠った原告の一方的な不注意によって本件事故が発生したものであるから、被告らには責任はない。

2  仮に、前記寺田実の職務執行につき前記の如き過失があったとしても、被告植上広明は右寺田実の選任及びその事業の監督に付き相当の注意を払っていたから、被告大阪日産金属は使用者責任(民法七一五条一項)、被告植上広明は代理監督者責任(同条二項)を問われることはない。

四  抗弁に対する認否

1  抗弁1の事実は否認し、その法的主張は争う。原告は、本件プレス機械の一行程が終了し、押型が上昇して停止したのち、型押の完了した製品を取り出すために右手を機械に入れたところ、安全装置が働いて機械は停止しているはずであるのに、故障により突然作動し、急に押型が降下したために、前記傷害を負ったものである。

2  抗弁2の事実は否認し、その法的主張は争う。

第三証拠《省略》

理由

一  本件事故の発生

請求原因1の事実は、当事者間に争いがない。

二  被告の責任

1  (被告大阪日産金属の責任の根拠について)

(一)  被告大阪日産金属が本件事故当時原告の使用者であったことは、当事者間に争いがない。したがって、同被告は、雇用契約上、労働者である原告が作業に使用する機械器具によってその身体に危害を被ることがないように配慮すべき安全配慮義務を負っていたと解すべきである。

(二)  また、被告大阪日産金属が訴外寺田実を雇用し、本件事故当時、同被告の前記工場を監督する仕事に従事させていたことは、当事者間に争いがない。したがって、右寺田実がその職務執行につき第三者に損害を与えたときは、被告大阪日産金属は、右寺田実の使用者として、民法七一五条一項により、右損害を賠償すべき責任を負うものである。

2  (被告滋賀日産金属の責任の根拠について)

前記当事者間に争いのない事実、《証拠省略》を総合すれば、次の事実を認定することができる。

(一)  被告大阪日産金属と同滋賀日産金属とは、もと、一つの会社であった(以下このもとの会社を「旧日産金属」という)。旧日産金属は、昭和三一年四月、大阪市大正区泉尾松之町に設立され、昭和三九年二月、訴外ダイキン工業株式会社の指定外注工場となり、昭和四一年六月、事業の拡張に伴い、本社及び工場を、被告大阪日産金属の肩書所在地に移転し、さらに、昭和四五年一二月、被告滋賀日産金属の肩書所在地に工場を新設した。

(二)  旧日産金属代表取締役であった被告植上雅亨及び同専務取締役であった被告植上広明は、昭和四八年一月一五日、大阪工場の従業員に対し、「大阪工場を閉鎖する。従業員は滋賀工場へ移ってほしい。」旨を告げた。これに対し、大阪工場の従業員であった訴外池原ハルエ及び同中川栄子は強く反対した。他の従業員は、滋賀工場に転勤するか退職するかし、同年二月、旧大阪日産金属大阪工場の一般従業員は右池原及び中川の二名だけとなった。右両名は、昭和四七年一〇月一一日、総評全国金属労働組合に加入し、日産金属支部を組織していたが、大阪工場の閉鎖は組合つぶしを意図したものであるとして反発したのであった。被告らは、旧日産金属の主要な受注先である前記ダイキン工業株式会社家庭用空調器部門が滋賀県に移転したことに伴い前記工場の閉鎖を計画したもので、組合つぶしの意図はなかったと説明している。

(三)  その後、旧日産金属と右組合支部との間に妥協が成立し、昭和四八年七月九日、旧日産金属大阪工場は操業を再開した。そして、同年八月二七日、旧日産金属は、女子従業員三名を新たに雇入れ、大阪工場に勤務させたが、原告はそのうちの一名であった。

(四)  旧日産金属は、昭和五〇年六月三日、前記組合支部に対し、旧日産金属本社を滋賀工場に移転し、大阪工場を別法人として運営する形で、旧日産金属の法人分離を行いたい旨を提案し、同月二八日、旧日産金属と右組合支部及び総評全国金属労働組合大阪地方本部とは、次のような内容の協定を結んだ。

(1) 被告大阪日産金属、同滋賀日産金属は、法人分離後もその責任において一体であることを確認する。

(2) 被告滋賀日産金属は、被告大阪日産金属の今後の発展に向けて全面的に援助する。当面の運転資金についても、必要に応じて援助し、また、担保の提供を行う。

(3) 旧日産金属と前記支部の間の既存の協定は継続し、あらゆる労働条件は分離後も従来どおりとすることを確認する。

(4) 今後、企業計画、労働条件の変更を行うときは、会社は事前に支部と協議し、同意を得て行う。

(五)  旧日産金属は、昭和五〇年七月一日、本社を前記滋賀工場内に移転した。その代表取締役は被告植上雅亨であった(これが、被告滋賀日産金属である。)。被告大阪日産金属は、同年八月一日、大阪工場を本店所在地として、設立された。旧日産金属の大阪工場及び同工場内の設備一切は被告大阪日産金属に引き継がれた。従前大阪工場に勤務していた原告ほかの従業員は、被告大阪日産金属の従業員となった。被告植上広明が被告大阪日産金属の代表取締役に就任した。

(六)  右分離直前の旧日産金属の株主並びに右分離当時の被告大阪日産金属及び同滋賀日産金属の役員及び株主は、別表記載のとおりである。

(七)  右分離後の被告大阪日産金属は、得意先から直接受注することもあったが、多く、被告滋賀日産金属が前記ダイキン工業株式会社から受注した仕事を廻わしてもらっていた。被告大阪日産金属の仕事は、そのほとんどが、被告滋賀日産の指示に基づいて行なわれていた。売掛代金は右ダイキン工業から、一旦、被告滋賀日産金属に支払われたのち、同被告から被告大阪日産金属に支払われた。

(八)  被告大阪日産金属は、本件事故当時、被告植上広明社長のほか、訴外村岡道雄総務主任、訴外寺田実工場監督、原告ら女子工員五名合計七名の従業員がいたが、被告滋賀日産からの仕事上の指示は、右村岡道雄を通じて右寺田実に伝えられていた。右寺田実は、昭和五〇年九月八日、被告植上広明の懇請を受けて、被告大阪日産金属に就職したもので、工場の現場監督者として、プレス作業の段取りをその主な役割とするほか、金型や道具の修理、材料の引取り、得意先への納入など種々の雑用をしていた。

(九)  前記分離後、被告滋賀日産金属は、被告大阪日産金属に対し、必要に応じて援助を行っていたが、被告大阪日産金属は、昭和五二年に入って、経営状態が悪化し、従業員らの賃金を遅配するようになった。そこで、被告滋賀日産金属の代表取締役であった被告植上雅亨は、同年五月一三日、被告大阪日産金属に赴き、従業員に対し、被告大阪日産金属を閉鎖したい旨を提案した。被告大阪日産金属の代表取締役であった被告植上広明と前記組合支部との間で、同月三〇日、閉鎖をめぐって団体交渉が行なわれた。被告大阪日産金属は、同年六月一日、手形不渡りを出した。被告植上広明と右組合支部との間で、同年一〇月二七日、団体交渉が行なわれた。

(一〇)  被告大阪日産金属は、昭和五二年一二月二〇日、株主総会において解散決議をし、同月二六日、従業員に解雇通知をし、昭和五三年一月一一日、昭和五二年分までの未払賃金、解雇予告手当相当額、退職金相当額及び原告の労働災害による法定外休業補償金の未払金を大阪法務局に供託した。この供託の資金は、被告滋賀日産金属が銀行から融資を受けて作ったものである。

(一一)  被告滋賀日産金属は、昭和五三年三月二五日、解散した。

以上の事実を認定することができ、証人寺田実の証言並びに原告及び被告植上広明の各本人尋問の結果のうち右認定に反する各供述部分は、前掲各証拠に比照して直ちに採用し難く、他に右認定事実を覆すに足りる証拠はない。

右認定事実によれば、被告大阪日産金属と同滋賀日産金属との関係は、極めて緊密なものであり、被告大阪日産金属の法人格は相当程度形骸化し、その経済的な側面では被告大阪日産金属は事実上被告滋賀日産金属の一工場部門の立場に甘んじており、両被告会社は実質的に同一会社であったものと認められるけれども、一方、被告大阪日産金属は独自に大阪工場及び工場内の機械設備を所有するうえ、被告大阪日産金属の取引の実情、会計関係、被告滋賀日産金属の生産販売計画の中で占める役割、人事、組織上の扱いなどの詳細について十分に主張立証がなされていないので、法律上、原告と被告滋賀日産との間に直接雇用関係があることを認定するには、いまだ十分ではない。したがって、原告は、被告滋賀日産金属に対し、雇用契約上の安全配慮義務違反の責任を問うことはできない。しかしながら、被告大阪日産金属と被告滋賀日産金属とが分離した際に、「両被告は、法人分離後もその責任において一体である。」旨を、旧日産金属と前記組合支部が確認し合っている事実に、両被告会社が実質的に同一会社であると認められることを併せ考えると、被告大阪日産金属が原告に対し雇用契約上の具体的な金員支払義務を負うことになった場合には、この債務につき、被告滋賀日産金属が連帯してこれを支払義務を負うものと認める。

また、被告滋賀日産金属は、被告大阪日産金属に対し、前記ダイキン工業株式会社から受注した仕事の遂行に関し、必要な指示を与えていたもので、その指示は被告大阪日産金属の訴外村岡道雄主任を通じて、同被告の工場監督者の訴外寺田実に伝えられていたのであるから、両被告会社の前記の緊密な関係を考え合わせると、被告滋賀日産金属と右寺田実との間には、法律上の雇用関係はないとしても、少くとも実質的な使用関係が存在したものと認めることができ、したがって、右寺田実がその職務執行につき第三者に損害を与えたときは、被告滋賀日産金属は、右寺田実の使用者として、民法七一五条一項により、右損害を賠償すべき責任を負うものである。

3  (被告植上広明及び同植上雅亨の責任の根拠について)

(一)  本件事故当時、被告植上広明が被告大阪日産金属の代表取締役であったことは、当事者間に争いがなく、《証拠省略》によれば、被告植上広明が前記寺田実の雇用及び職務の遂行に関し、その選任、監督を担当していたことを認定することができ、この認定を左右するに足りる証拠はなく、右認定事実によれば、右寺田実がその職務執行につき第三者に加えた損害を賠償すべき責任を負う。

(二)  被告植上雅亨が右寺田実の選任及び監督を担当していたことを認めるに足りる証拠はない。よって、同被告に対する本訴請求は、その余の点を判断するまでもなく理由がない。

4  (被告大阪日産金属の安全配慮義務違反及び訴外寺田実の過失行為)

請求原因2(四)(1)(2)の事実は当事者間に争いがない。

右争いのない事実、《証拠省略》を総合すれば、次の事実を認定することができる。

(一)  被告大阪日産金属は、昭和五〇年八月一日、旧日産金属から分離独立して設立されたとき、旧日産金属所有の五台のプレス機械を引きついで取得した。本件プレス機械は右のうちの一台であった。

(二)  本件プレス機械に両手押ボタン式安全装置を取り付けたのは昭和四八年一〇月ころであった。訴外寺田実が入社した昭和五〇年九月の直前ころ、本件プレス機械の安全装置が故障し、ボタンを押さないのに押型が上下運動を繰り返す連続運転の状態となり、修理に出したことがあった。それまでにも、本件プレス機械を何度か修理に出したことがあった。故障で連続運転となることは、本件プレス機械に限らず、時々あった。

(三)  訴外寺田実が入社する以前から本件事故までの間、五台のプレス機械のいずれもが、押ボタンを押しても作動しないことがよくあり、そのような場合、従業員は、機械を木槌でたたいて、作動させていた。

(四)  本件プレス機械の安全装置は、訴外寺田実が入社する前に修理した後本件事故までの間、一年以上も、専門のメーカーによる修理点検を受けていなかった。

(五)  安全装置が正常に働いていれば、本件プレス機械は一行程を終了すると、押型は上部に停止し、再たび押ボタンを押さない限り、押型が降下することはない。ところが本件事故においては、押型がもとの状態に戻り、両手押ボタンを押していない機械が停止している状態で、原告が成型された製品を機械から取り出そうとして手を入れたとき、突然機械が作動し、押型が急に降下したため、手を引き出すいとまがなく、前記傷害を受けたものである。

(六)  本件事故当日、事故直後に、労働基準監督官が立会って、本件プレス機械を作動させたところ、安全装置は正常に働き、右のように両手押ボタンを押していないのに機械が始動した原因を確定できなかった。

(七)  本件事故後、被告大阪日産金属は、労働基準監督署の是正勧告に従って、本件プレス機械について、次のような是正措置をとった。

(1) エアーシリンダー上部(クラッチとの連結部)のスプリングを新品と取り替えた(強度のものにする。)

(2) 連結棒とエアーシリンダーとのジョイントが機械の本体と接触しないように位置を上部に上げた。

(3) 手が金型の下に入らないようにガードを作った。

(八)  訴外寺田実は、本件事故当時、労優安全衛生法にいう作業主任者の資格を有していなかったが、その後その資格を取得した。被告植上広明は、本件事故当時、法律上作業主任者を選任しなくてはならないことを知らなかった。

以上の事実を認定することができ、証人寺田実の証言並びに原告及び被告植上広明の各本人尋問の結果のうち右認定に反する各供述部分は、前掲各証拠に比照して直ちに採用し難く、他に右認定を覆すに足りる証拠はない。

右認定事実によれば、安全装置自体に故障があったのか、或いは、その取り付け方に不備な点があったのか、原因は判然としないものの、両手押ボタン式安全装置が働いて停止しているはずの本件プレス機械が、急に動き出すという故障によって、本件事故が発生したもので被告大阪日産金属が本件プレス機械の安全確保のために十分な配慮を用いず、また、訴外寺田実において必要な保守点検を怠った過失があったために、右故障が発生したことを推認することができる。

被告植上広明本人尋問の結果及び証人寺田実の証言中には、被告大阪日産金属が安全配慮義務を尽し、訴外寺田実において十分な保守点検をした旨の供述部分があるけれども、右(一)ないし(八)の認定事実に照らして直ちに措信し難い。

5  (抗弁について)

(二) 抗弁1の事実を認定するに足りる証拠はない。かえって前記4に認定した事実によれば、安全装置が作動し本件プレス機械が停止して安全な状態のときに、原告が機械に手を入れたところ、突然、何らかの理由で故障が生じ、本件事故が発生したもので、原告に不注意のなかったことは明らかである。

(二) 抗弁2の事実を認定するに足りる証拠はない。

6  (まとめ)

よって、被告大阪日産金属は、前記安全配慮義務を内容とする債務不履行責任(民法四一五条)として、また、前記寺田実の過失行為に対する使用者責任(民法七一五条一項)として、原告に対し、原告が本件事故により被った後記損害を賠償すべき義務がある。被告滋賀日産金属は、被告大阪日産金属と一体となって同被告の具体的債務につき責任を負う者として、また、前記寺田実の過失行為に対する使用者責任(民法七一五条一項)として、原告に対し右損害を賠償すべき義務がある。被告植上広明は、右寺田実の過失行為に対する代理監督者責任(民法七一五条二項)として、原告に対し右損害を賠償すべき義務がある。なお、被告植上雅亨には損害賠償の義務はない。

三  原告の損害

1  (逸失利益)

《証拠省略》によれば、請求原因3(一)の事実を認定することができる。よって、逸失利益は金九七万七七三四円である。

2  (入院雑費)

《証拠省略》によれば、原告が本件事故の負傷により昭和五一年一二月一〇日から昭和五二年二月二二日まで七五日間入院した事実を認定することができる。この間の入院雑費は一日七〇〇円が相当である。よって入院雑費合計は金五万二五〇〇円である。

3  (慰藉料)

(一)  原告は、本件事故の負傷により、右2のとおり七五日間入院したほか、右2掲記の各証拠及び弁論の全趣旨によれば、昭和五二年三月二三日から同年一一月一〇日まで、二六一日間通院した事実を認定することができる。右入通院による精神的苦痛に対する慰藉料としては金一三〇万円が相当である。

(二)  原告の本件事故による前記後遺障害の程度その他一切の事情を考慮すると、原告の右後遺障害による精神的苦痛に対する慰藉料としては金六〇〇万円が相当である。

4  (損益相殺)

弁論の全趣旨により請求原因3(四)の事実を認定することができる。よって、金三〇万円を原告の損害賠償債権から控除すべきである。

5  (まとめ)

よって、右1ないし3の損害額から右4の損益相殺額を控除した損害額は金八〇三万〇二三四円である。

四  結論

以上の次第であって、原告の本訴請求は、被告大阪日産金属、同滋賀日産金属及び同植上明広に対し、各自、前記損害賠償金合計八〇三万〇二三四円及びこれに対する訴状送達の後日である昭和五三年八月二五日から支払ずみまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金を支払うべきことを求める限度で理由があるからこれを認容し、被告植上雅亨に対する請求は失当であるからこれを棄却し、訴訟費用の負担につき民訴法八九条、九二条本文、九三条一項、九四条を、仮執行の宣言につき同法一九六条一項を、それぞれ適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 富田守勝)

<以下省略>

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